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第三十九話 逃亡の決意

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-03-21 11:00:00

◆◆◆◆◆

封印庫を飛び出し、王城の廊下を駆け抜ける。

遥は走りながら息を切らせた。

「ちょっ……どうするの……!?」

「このまま城を出る!」

ルイスの声には迷いがなかった。

廊下に響く二人の足音。追いかけてくる兵の声はまだ聞こえないが、時間の問題だった。

遥の胸は激しく鼓動する。

(アドリアンが王に報告すれば、俺は……)

遥は 石化封印 されるかもしれない。そして、ルイス自身も 異端者 として処分される可能性が高い。

それを考えると、足がすくみそうになる。

(だったら……もう、行くしかない!)

遥は迷いを捨て、ルイスの手を強く握った。

「魔界領に行く!」

遥の声は王城の静寂を切り裂くように響いた。

「南の神殿で、王国の真実を明らかにしたい!」

ルイスは驚いたように遥を見た。 その瞳には、迷いのない決意が宿っている。

「……お前、本気か?」

「もちろん! 行こう、ルイス!」

遥は力強く頷いた。

ルイスも深く息を吐くと、しっかりとした声で応じる。

「分かった。行こう、遥!」

彼は遥の手を引き、さらに廊下を駆けた。これまでのような、ただ王族として生きる日々ではない。

この決断が、彼の人生を

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